AIと話しながら考えを整理すると何が変わるか

デジタル・AI

AIを使い始めた頃は、分からないことを調べたり、文章を作ってもらったりするための道具だと思っていた。もちろん今でもそういう使い方はする。ただ、長く使っているうちに、それ以上に便利だと感じるようになったのが、自分の考えを外に出して整理するための相手として使うことだった。

私は何か気になることがあると、完成した質問にしてからAIに聞くというより、まだ形になっていない段階でそのまま話すことが多い。「なんかこれってこういうことじゃない?」「前に読んだ本と似ている気がする」「この画面、使いにくいんだけど理由がうまく説明できない」。そんな曖昧な状態から会話を始める。すると、何往復かしているうちに、最初は感覚だけだったものが少しずつ言葉になっていく。

頭の中だけで考えていると、意外と自分でも分かっていない

考えているつもりでも、頭の中だけに置いていると、その中身はかなり曖昧だ。たとえば新しい企画を考えるときも、「何かやりたい」という状態では、テーマ、名前、見せ方、最初に何をするかが全部混ざっている。そこでAIに順番に話していくと、ひとつの大きなモヤモヤが、いくつかの小さな問題に分かれていく。

「何をしたいのか分からない」状態でも、とりあえず言葉にして外へ出してみる。
それだけで、考える対象が見える形になる。

これは紙のノートに書き出すのとも少し似ている。ただ、AIとの会話には返事がある。その返事を読んで、「そこは違う」「それは近い」「そういう意味ではない」と反応することで、自分の考えの輪郭がさらに見えてくる。

「違う」と思ったときに、自分の基準が見える

AIの提案が外れることは普通にある。でも、私はむしろそこが面白いと思っている。

提案を見た瞬間に「それじゃない」と感じるなら、自分の中にはすでに何らかの基準があるからだ。ただ、その基準をまだ言葉にできていなかっただけなのだと思う。

「それは違う」
この一言から、「では何が違うのか」「自分は何を求めているのか」を考え始める。

Webサイトやアプリを作っていると、この場面がとても多い。

「ボタンをここに置きたい」

という要望から始まっても、修正を繰り返すうちに、

「私は見た目より操作回数の少なさを重視している」
「スマホでは指で隠れないことのほうが大事」といった、

自分なりの基準が分かってくる。
単に画面を作っているだけなのに、その過程で自分の好みや考え方まで整理されていく。

読書では、本と本の間に線が引けるようになった

読書でもAIとの会話はかなり役に立っている。

私は一冊を完全に理解してから次へ進むというより、倫理を読んでいたら哲学へ、哲学から心理学へ、小説を読んでいたら以前読んだ別の本へ、と横にそれていく読み方をすることが多い。そのため、読んでいる本は増える一方で、頭の中ではいろいろな内容が混ざっている。

そこで、「この話、前に読んだ本にも似たことが書いてなかった?」とAIに投げる。すると、別々に読んでいたものの共通点や違いを整理しやすくなる。新しい知識を教えてもらうというより、自分の中にすでにある知識同士をつなぐために使う感覚に近い。

本の一節やアニメのセリフ、日常で気になった出来事も同じだ。その場では「なんか気になる」で終わっていたものでも、会話にすると別のテーマとつながることがある。

心理学の話だと思っていたものが倫理の問題につながったり、単なる街中の観察が「人はなぜそう判断するのか」という話になったりする。こうして、普段なら流れていた小さな違和感が、考える材料として残るようになった。

仕事では、感覚で覚えていたことが手順になる

仕事の整理にも同じことが起きる。

実務には、
「通常はこうする」
「ただしこの条件だけ別」
「ここを確認してから次へ進む」

といった細かい分岐が多い。
慣れていると感覚で処理してしまうが、それを人に説明しようとすると急に難しくなる。

AIに工程を順番に話し、通常処理、例外、確認事項を分けていくと、曖昧だった作業が手順として見えるようになる。マニュアルを作るために整理しているはずなのに、結果として自分自身の理解も深くなる。自分の頭の中だけでは一続きだった作業が、条件や判断基準ごとに分解されるからだ。

日常の雑談が、そのまま記事の種になる

ブログを始めてから特に感じるのは、AIとの普段の会話そのものが記事の材料になることだ。

「ブログのネタを考えよう」と机に向かってゼロから考える必要がない。
普段から気になったことを話していると、そこにすでに自分の視点が残っている。

PCの操作で迷ったこと、Webサイトを作っていて失敗したこと、本を読んで引っかかったこと、日常で見かけたちょっとした出来事。

それぞれは小さくても、「なぜ気になったのか」「自分はどう考えたのか」まで掘っていくと、一つの記事になる。知識だけを並べるのではなく、実際に自分が困ったことや考えたことから始められるので、文章にも自分の経験が残りやすい。

AIに考えてもらうのではなく、考えをぶつける

AIを使うと自分で考えなくなる、という心配は確かにあると思う。最初から最後まで答えを任せてしまえば、そうなる可能性はある。ただ、私の使い方は少し違う。答えを受け取って終わるのではなく、「本当にそう?」「別の見方はない?」「私はこう思うんだけど」と返していく。

AIに考えてもらうのではなく、AIに自分の考えをぶつける。

そうすると、AIは「答えを出す機械」というより、思考を続けるための壁打ち相手になる。返ってきた言葉に反応することで、自分の考えをもう一段掘れる。もちろんAIの説明がいつも正しいとは限らないので、事実関係は別に確認する必要がある。それでも、考えを整理する相手としてはかなり便利だ。

会話が積み重なると、自分の思考の記録になる

あとから過去の会話を振り返ると、「この頃からこんなことを考えていたのか」と気づくことがある。読書、心理学、仕事、Web制作、YouTube、日常の観察。一見するとバラバラでも、並べてみると自分が何に引っかかりやすいのか、何を面白いと思うのかが見えてくる。

私の場合、ひとつの答えを知ることそのものよりも、「これは何とつながっているんだろう」と考えることが好きなのだと思う。それも、AIとの会話を積み重ねてきたことで少しずつ分かってきた。

だから今の私にとってAIとの会話は、検索でもあり、相談でもあり、同時に自分の思考を残しておくノートでもある。まだ文章になっていない考えを投げて、返ってきたものに反応し、少しずつ言葉にしていく。その過程そのものが、考えることの一部になっている。

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