「このくらいならいいか」が積み重なる心理学

心理学

たった90円のコーヒーを、なぜ買ってしまうのか

最近、節約について考えることが増えた。とはいえ、何か大きな買い物をしているわけではない。むしろ、日常のちょっとした出費が積み重なっていることに気づいた。

例えば、職場の自動販売機で買う90円のコーヒー。朝、自宅でコーヒーを飲んできたにもかかわらず、昼食後になるとまた飲みたくなる。昨日も、朝ごはんは家で済ませてきたのに、午前10時ごろに70円のハッピーターンを買ってしまった。

どちらも、なくては困るものではない。しかし、90円や70円という金額を見ると、つい思ってしまう。

「このくらいならいいか」

一つひとつは大した金額ではない。それなのに、月末になるとお金が思ったほど残っていない。なぜ人は、小さな出費にはこれほど寛容になるのだろうか。

「このくらいならいいか」を生み出す心理

現在バイアス|将来の節約より、目の前の満足

行動経済学には「現在バイアス」という考え方がある。

かんたん解説

現在バイアス:将来得られる利益よりも、今すぐ得られる満足を優先しやすい心理的傾向。

例えば、90円のコーヒーを買わなければ、その90円は手元に残る。しかし、将来の90円よりも、今飲めるコーヒーのほうが魅力的に感じられる。特に、金額が小さいときほど、将来への影響を深く考えずに判断してしまいやすい。

笑加
笑加

たった90円だから

そう考えて購入する。ところが、その90円が毎日続けば、20日間で1,800円になる。一度の購入では小さく見える金額も、繰り返すことで無視できない出費になる。

でも、そのときは「飲みたい」という欲求が勝ってしまい、積み重なった金額のことまで考えられない。頭では分かっているはずなのに、目の前の90円を見た瞬間、将来の1,800円よりも今の一杯を優先してしまう。

そして、ここにも自分の矛盾がある。普段はミニマリズムや、必要なものだけを選ぶという考え方に共感しているのに、こうした小さな消費には、その思考が十分に働いていない。

そこは、まだ自分の中でミニマル思考が定まっていない証拠なのかもしれない。物を減らすことや無駄を省くことは意識していても、日常の小さな購買行動にまで、その価値観が浸透しているとは限らないのである。

買うことが目的なのか、気分転換が目的なのか

そもそも、なぜコーヒーを買いたくなるのだろう。喉が渇いているからだろうか。それとも、カフェインが欲しいからだろうか。もちろん、それもある。しかし、よく考えてみると、買うこと自体の楽しさと、気分転換の両方を求めている気がする。

お昼休みに自動販売機へ向かい、飲み物を選び、お金を払ってコーヒーを手に取る。そして、少しだけ仕事から意識を離れる。この一連の行動そのものが、小さな楽しみになっているのかもしれない。

昼食後、お腹がいっぱいなのに何か食べたり飲んだりしたくなることもある。これは必ずしも空腹によるものではない。味や香りを楽しむために食べる「快楽的摂食」という現象があり、満腹でも食べ物に魅力を感じることがある。

かんたん解説

快楽的摂食:空腹を満たすためではなく、味や香りを楽しむために食べること。

コーヒーの場合も、香りや味、食後の習慣、気分転換など、複数の要因が重なっているのだろう。つまり、90円で購入しているのは、コーヒーだけではない。ほんの数分間の満足感も一緒に買っているのかもしれない。

安いものを見つけると、むしろ買いたくなる

アンカリング効果と参照価格

以前の職場では、自動販売機のコーヒーが120円だった。今の職場でも、最初に利用していた自動販売機では130円。正直、高いとは思っていた。しかし、それしか選択肢がなかったし、コーヒーは飲みたい。だから「まあ仕方ないか」と思いながら買っていた。

ところが、ある日90円のコーヒーを売っている自動販売機を見つけた。すると不思議なことに、それまで以上にコーヒーを買いたくなった。130円だったものが90円で飲める。たった40円の違いなのに、なんだか得をした気分になる。

そして、自分の中で購入するときの言葉も変わった。

130円のとき

「まあ仕方ないか」

90円になると

「まあいいか」

同じコーヒーを買う行動でも、前者には少しの諦めがあり、後者にはお得感や納得感がある。金額が安くなったことで、購入することへの心理的な抵抗が小さくなったのだろう。

ここには「アンカリング効果」や「参照価格」の考え方が関係している。

かんたん解説

アンカリング効果:最初に提示された数字や情報が、その後の判断に影響を与える心理現象。

参照価格:商品が高いか安いかを判断するときに基準となる価格。

今回の場合、120〜130円という過去の購入経験が判断基準となり、90円を安く感じさせている可能性がある。最初から90円しか知らなければ、そこまでお得に感じなかったかもしれない。つまり、価格そのものではなく、何と比較するかによって感じ方が変わっているのである。

50円でも130円でもなく、90円を選ぶ「妥協効果」

実は、職場には50円の粉末コーヒーもある。それでも私は90円のコーヒーを選ぶ。50円のものより少しおいしいし、130円のものより安い。どうせ飲むなら、その中間でいい。

この判断には「妥協効果」と呼ばれる心理が関係している可能性がある。

かんたん解説

妥協効果:複数の選択肢があるとき、極端な選択肢よりも中間のものが選ばれやすくなる現象。

50円

最も安いが、
味は少し妥協する

90円

価格も味も
そこそこ満足できる

130円

以前は普通に
購入していた価格

この3つの中で、90円はちょうど中間に位置している。もちろん、単純に90円のコーヒーの味が好みだからという理由もあるため、妥協効果だけで説明できるわけではない。それでも、価格と品質のバランスを考えた結果、中間を選んでいるという点は興味深い。

ドトールという名前が、90円をさらに安く感じさせる

さらに、この90円のコーヒーには「ドトールコーヒー」という名前が付いている。これも購入を後押ししている理由の一つだと思う。単なる90円のコーヒーではなく、「ドトールのコーヒーが90円で飲める」という認識になるからだ。

ここには、ブランドイメージが商品への評価に影響する「ブランド効果」や「ハロー効果」に関連する心理が考えられる。ドトールという名前を知っていることで、味や品質に対する期待が生まれる。その結果、50円のコーヒーより40円高くても、十分に価値があると感じる。しかも、実際に90円のほうがおいしいと思っているので、単なるブランドイメージだけの問題でもない。

面白いのは、同じ40円でも意味が変わることだ。

130円と比較したときの40円

「節約できたお金」

50円と比較したときの40円

「おいしさやブランドに払う価値」

同じ金額なのに、比較対象によって心理的な意味がまったく違ってくる。

安く買ったつもりが、出費を増やしている

ここで、少し考えてみたい。130円のコーヒーを90円で買えば、40円節約したことになる。しかし、それはもともと130円のコーヒーを買う予定だった場合の話だ。買うつもりがなかったのに、90円という価格に魅力を感じて購入したのなら、節約どころか90円の出費が増えている。

「40円得した」という満足感と、「90円使った」という事実は別なのである。

これはスーパーの割引商品やセール、ポイント還元などにも当てはまる。

1
安くなっているから買う。
2
ポイントが付くから買う。
3
せっかくの機会だから買う。

しかし、本当に必要だったのかと考えると、そうでもないことがある。お得に買うことを意識するあまり、買わないという選択肢が見えなくなっているのかもしれない。

お金がなくなると、急に節約できる不思議

私の場合、もう一つ面白い傾向がある。お金に余裕があるときは、90円のコーヒーも70円のお菓子も、それほど考えずに買ってしまう。ところが、月末になって手持ちのお金が少なくなると、急に節約できるようになる。それまで何となく買っていたものを、買わなくても平気になるのだ。

つまり、節約できないわけではない。

お金が少なくなって初めて、支出に対する判断基準が厳しくなるのである。

これは、お金の残高や状況によって、同じ90円に対する価値の感じ方が変わることを示しているように思う。

余裕があるときの90円

「たった90円」

余裕がないときの90円

「貴重な90円」

金額は変わっていないのに、自分の中での重みが変わっている。だったら、お金がなくなる前から、その感覚を少し持てればいいのではないだろうか。

無意識の消費を、自分で選んだ経験に変える

仮に、平日20日間、毎日90円のコーヒーと70円のお菓子を買っていたとする。

1日160円
▼
1か月で3,200円

3,200円あれば、ビリヤードの練習に何度か行けるし、ちょっとした外出にも使える。もちろん、コーヒーを飲むことも、お菓子を食べることも、一つの楽しみだ。だから、すべてを我慢したいわけではない。ただ、何となく使っていたお金を、自分が本当に楽しみたいことに回せたら、もっと満足できるのではないかと思う。

私は、節約したお金をただ貯め込むよりも、ビリヤードやライブ、撮影など、自分の経験に使いたい。そのために、日常の小さな消費を見直したいのである。これは、以前から興味を持っているミニマリズムの考え方にも通じている。何もかも減らすことが目的なのではない。

自分にとって優先順位の低いものを減らし、大切にしたいものに時間やお金を使う。

その選択を、自分の意思でできるようになりたい。

AIとの対話から生まれた、小さな問い

実は、この記事はAIとの何気ない対話から生まれた。最初は、日常の出費をどう減らすかという話をしていただけだった。その中で、90円のコーヒーや70円のお菓子を、つい買ってしまうという話になった。するとAIから、こんな問いを投げかけられた。

AIからの問い

「買うことが目的なのか、気分転換が目的なのか」

私は、それに対して

笑加
笑加

両方じゃない?

と答えた。そこから、なぜコーヒーを買いたくなるのか、なぜ90円なら安いと感じるのか、なぜ50円ではなく90円を選ぶのか、と次々に疑問が浮かんできた。

普段なら、90円のコーヒーを買って飲んで、それで終わりだっただろう。しかし、一つの問いをきっかけに、自分でも意識していなかった購買行動の背景を考えることになった。

そして、この記事を書きながら、もう一つ気づいたことがある。「このくらいならいいか」という判断そのものを、今まであまり疑ってこなかったということだ。

90円のコーヒーも、70円のお菓子も、それ自体が悪いわけではない。実際においしいと感じるし、気分転換にもなる。ただ、その購入が本当に自分の望んだものなのか、価格の安さや習慣によって生まれた欲求なのかは、考えてみなければ分からない。だからこそ、何かを買いたくなったときに、一度だけ考えてみたい。

「本当に欲しいから買うのか。それとも、このくらいならいいかと思って買うのか」

同じ90円でも、納得して使う90円と、何となく使う90円では、自分にとっての意味が違う。小さな出費をすべてなくす必要はない。ただ、その積み重ねに少しだけ意識を向ける。

何気ない日常の行動にも、問いを立ててみれば、今まで見えていなかった自分の心理が隠れているのかもしれない。

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