物を減らしてもデータは増えるのはなぜ?デジタル時代のミニマリズムを考える

教養・思考

部屋の物は減らせても、パソコンやスマホの中にあるデータはなかなか減らせない。私自身、実家暮らしなので完全なミニマリストとは言い切れないが、自分の部屋ではなるべく物を増やさない生活を心がけている。

ところが、パソコンの中はまったく別の話だ。昔から撮りためた写真や動画、ダウンロードした音楽、さまざまなファイルが大量に残っている。整理しなければと思うことはあるものの、長年蓄積したデータを前にすると、なかなか手をつける気にならない。

そもそも、デジタル化によって私たちの生活は便利になったはずなのに、なぜデータの整理にはこれほど手間がかかるのだろうか。今回は、そんな日常の疑問から、デジタル時代のミニマリズムについて考えてみたい。

物は減らせてもデータが増え続ける4つの理由

データが増え続けるのは、保存する場所に困らないから?

洋服や本、家具などの物理的な物は、増えれば増えるほど生活空間を圧迫する。収納する場所がなくなれば、嫌でも片づける必要が出てくる。

しかし、デジタルデータは違う。写真が何千枚、何万枚と増えても、パソコンの中に保存している限り、部屋が狭くなることはない。しかも、ストレージの容量が足りなくなったら、外付けHDDを購入したり、クラウドストレージの容量を増やしたりすればいい。

物理的な物

増えると生活空間を圧迫する
置き場がなくなれば片づけるしかない

デジタルデータ

増えても部屋は狭くならない
容量を増やせば保存し続けられる

整理するのではなく、
お金を払って容量を増やせば解決する
という考え方になりやすい。

もちろん、容量を増やすこと自体が悪いわけではない。実際、時間をかけて整理するより、ストレージを購入したほうが効率的な場合もある。

ただ、容量が増えれば、また新しいデータを保存できるようになる。その結果、データは減るどころか、ますます増え続けてしまう。物理的な物と違って、増えていることを実感しにくいのも、デジタルデータならではの特徴ではないだろうか。

写真が多すぎて整理できないのは、なぜ後回しにしてしまうから?

私は写真を撮ることが趣味で、昔から撮影してきた写真をほぼすべて保存している。舞台やライブなどで撮影した写真も同様だ。ブレている写真や、明らかに失敗した写真も含めて、ほとんど整理しないまま保存している。

別に、すべての写真に思い入れがあって削除できないわけではない。単純に、長年撮影してきた写真が大量に蓄積してしまった結果、整理するのが面倒になっているだけだ。

これはスマホの写真でも同じではないだろうか。気軽に撮影して、気軽に保存する。撮影した直後に不要な写真を削除する習慣がなければ、データはどんどん増えていく。そして、いざ整理しようと思っても、何千枚もの写真を一枚ずつ確認するのは大変だ。

笑加
笑加

「時間があるときにやろう」

そう思っているうちに、さらに写真が増えていく。心理学では、こうした行動は「先延ばし」と関係している。

保存するのは一瞬でも、整理するには時間がかかる。この非対称性こそ、デジタルデータが増え続ける大きな原因の一つなのかもしれない。

クラウドで共有した写真やファイルは、なぜ簡単に削除できないのか?

デジタル化によって便利になったことの一つが、他人とのデータ共有だ。昔なら、写真を誰かに渡すには印刷したり、CDやUSBメモリに保存したりする必要があった。今ならクラウドストレージにアップロードして、URLを送るだけで共有できる。大量の写真でも簡単に共有できるのだから、非常に便利だ。

しかし、ここにも別の問題がある。一度URLを共有すると、後から自分の都合だけでファイルを削除しにくくなるのだ。

例えば、誰かに写真を共有した場合、相手がまだダウンロードしていないかもしれない。共有したURLを後から開く可能性もある。そこで自分がファイルを削除してしまえば、相手はアクセスできなくなる場合がある。

URLを送って写真を共有する
▼
相手がまだダウンロードしていないかもしれない
▼
自分の都合だけで削除しにくくなる
自分のデータなのに、他人と共有したことで
自由に削除しにくくなる。

ある意味、共有によって生まれる小さな呪縛のようなものだ。もちろん、これは共有する時点で承知していることでもある。だからといって、共有機能そのものが不便だとは思わない。むしろ、これほど便利な仕組みはない。

ただ、便利さと引き換えに、自分だけでは管理を完結できないデータが増えていくという側面もある。デジタル化によって、データの所有と管理の関係も変わってきたのではないだろうか。

音楽のプレイリストばかり増えて、結局いつも同じ曲を聴くのはなぜ?

昔はWinnyやWinMXなどで、気になったアーティストの音楽を片っ端からダウンロードしていた時代もあった。ダウンロードした音楽をiTunesに取り込み、iPodに転送する。今考えると、音楽を聴くまでに随分と面倒な作業をしていたものだ。しかも、大量にダウンロードしても、実際に聴く曲は限られていた。

現在はSpotifyやApple Musicなどのサブスクリプションサービスが普及し、気になった曲をその場で聴けるようになった。わざわざダウンロードして、音楽プレーヤーに転送する必要もない。

昔

ダウンロードしてiTunesに取り込み
iPodに転送してから聴く

今

サブスクで
気になった曲をその場で聴ける

ところが、ここでも似たような現象が起きている。気になった曲をお気に入りに登録したり、プレイリストに追加したりしているうちに、ライブラリがどんどん膨らんでいく。しかし、結局いつも聴いているのは決まった曲ばかり。

聴ける音楽は増えたのに、
実際に聴く音楽が同じとは、
なんとも面白い話だ。

これは音楽に限らず、動画配信サービスのマイリストや、ブラウザのブックマークにも当てはまる。「いつか見よう」「後で読もう」と保存したものが、実際にはほとんど利用されない。保存することと、利用することは別なのだ。

デジタル化によって、何かを手元に残すための手間は大幅に減った。その一方で、本当に必要なものを選ぶという行為は、以前より難しくなっているのかもしれない。

データを整理する時間がないなら、無理に減らす必要はあるのか?

ここまで考えてみると、そもそもデジタルデータを減らす必要があるのかという疑問も出てくる。ミニマリズムというと、不要なものを捨て、必要最低限のものだけで暮らすというイメージがある。しかし、物を減らすこと自体が目的になってしまうのは、少し違う気がする。

私が自分の部屋にミニマリズムを取り入れているのも、単純に物が少ない環境のほうが過ごしやすいからだ。洋服が少なければ選ぶ時間も減るし、物が少なければ掃除や片づけの手間も減る。つまり、物を減らすことで生活が快適になっている。

では、デジタルデータの場合はどうだろうか。大量の写真やファイルがあっても、容量に余裕があり、必要なものを探すのに困っていないのであれば、無理に整理する必要はないのかもしれない。むしろ、何万枚もの写真を整理するために、膨大な時間を費やすほうが負担になる場合もある。

もちろん、バックアップを取っていなかったり、必要なファイルが見つからなかったりするなら話は別だ。しかし、ただデータが多いという理由だけで、すべてを整理しなければならないとは思わない。

無理に整理しなくてもいい

容量に余裕があり
必要なものを探すのに困っていない

整理したほうがいい

バックアップを取っていない
必要なファイルが見つからない

大切なのは、データの量ではなく、それを管理することで
自分の生活にどれだけ負担が生じているかではないだろうか。

まとめ:デジタル時代のミニマリズムは、減らすことだけではない

デジタル化によって、私たちは多くの物を所有する必要がなくなった。CDやDVDを買わなくても音楽や映画を楽しめるし、紙の書類を大量に保管する必要も減っている。一方で、写真や動画、音楽のライブラリ、クラウド上のファイルなど、目に見えないデータは増え続けている。物理的な物は減ったのに、管理する対象そのものがなくなったわけではない。

ただし、データが増えることを必ずしも悪いことだとは思わない。昔の写真やファイルが残っていることで、後から何かの役に立つこともあるだろう。それに、整理するために時間を使うくらいなら、その時間で別のことをしたいと思うこともある。

ミニマリズムとは、何でもかんでも減らすことではなく、自分にとって必要なものや時間を大切にする考え方でもあるはずだ。そう考えると、デジタルデータを減らすことだけが正解ではない。

整理することに時間を使うのか、それとも容量を増やして
時間を節約するのか。

どちらが合理的なのかは、その人の生活や価値観によって変わってくる。デジタル時代のミニマリズムとは、単にデータを減らすことではなく、データとの付き合い方そのものを考えることなのかもしれない。

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