やりたいのに行動できないのはなぜ?すぐ行動する人としない人の違い

教養・思考

「いつかやってみたい」「時間ができたら始めよう」「興味はあるけど、なかなか行動に移せない」そんなふうに思っていることはないだろうか。

同じように何かをやりたいと思っていても、すぐ行動に移す人もいれば、考えるだけで終わってしまう人もいる。この違いは、単純に行動力や意志の強さだけで説明できるものなのだろうか。

今回は、日常生活の中で何かを始めたいと思いながらも、なかなか行動に移せない人に向けて、行動する人としない人の考え方を比較してみたい。また、「やりたい」「やってみたい」「やれない」「やらない」といった言葉の違いや、自分自身にとっての「怠ける」とは何なのかについても考えていく。

やりたいと思ったらすぐ行動する人と、そうでない人の違い

思い立ったら、まず動いてみる

私自身、何かをやってみたいと思ったら比較的すぐ行動に移すほうだが、すぐ動く人の行動には共通するところがある。

すぐ行動する人は、「やってみたい」と思った段階で、まず始め方を調べたり、必要なものを最小限そろえたりする。料理を覚えたいと思えばその日の夕食で一品作ってみるし、楽器に興味があれば体験レッスンを予約してみる。

このとき、続けられるか、うまくなれるかはまだ考えていない。できるかどうかを判断する前に、どうすればできるのかを調べるところから動き出しているのだ。

始める前に諦めてしまうこともある

一方で、同じように何かをやってみたいと思っていても、なかなか行動に移せない人もいる。

例えば「ブログを始めたい」と思ったとき、ある人はその日のうちにブログの作り方を調べるかもしれない。しかし別の人は「何を書けばいいかわからない」「文章を書くのが苦手」「どうせ誰にも読まれない」と考えて、始める前に諦めてしまうこともある。

ここで気になるのは、どちらも最初は同じように「やりたい」と思っていたはずなのに、なぜその後の行動が違ってくるのかということだ。

行動する前に結果を考えるか、行動してから結果を考えるか

すぐ行動する人と、なかなか行動できない人の違いの一つに、結果を考えるタイミングがあるのではないだろうか。

例えば、新しい趣味を始めたいと思ったとする。すぐ行動する人は、まず必要な道具や始め方を調べたり、体験できる場所を探したりする。実際にやってみて、自分に合わなければやめてもいいと考える。

一方で、行動する前に慎重に考える人は、続けられるかどうか、お金が無駄にならないか、上達できるかといったことを先に考えるかもしれない。

すぐ行動する人

まず調べて試してみる
合わなければやめてもいい

慎重に考える人

続けられるか、
無駄にならないかを先に考える

もちろん、慎重に考えること自体が悪いわけではない。お金や時間がかかることなら、事前に調べて判断することも大切だ。ただ、考えているうちに不安や疑問が増えて、結局何もしないまま終わってしまうこともある。

ちなみに、すぐ行動する人が、必ずしも成功する自信を持っているわけではない。自信と行動の関係については、自己効力感という心理学の考え方から別の記事で詳しく考えている。

「やりたい」と「やってみたい」は同じ意味なのか?

ここで少し、言葉そのものに注目してみたい。私たちは普段、何気なく「やりたい」「やってみたい」「やろうと思う」といった言葉を使っている。しかし、似たような表現でも、それぞれ少しずつ意味が異なる。

表現 主に表していること
やりたいある行為に対する欲求
やってみたい実際に試したり経験したりしたいという欲求
やろうと思う行動する意志や意図
やるつもり将来行動するという意図
やれる行動する能力や可能性
やれない能力や条件などによって実行できない
やらない行動を実行しないこと
やりたくない行動に対する欲求がないこと

「〜てみる」は試すことを表す

特に興味深いのが「やりたい」と「やってみたい」の違いだ。

日本語の「〜てみる」は、ある行為を試しに行うことを表す補助動詞である。

例えば「本を書きたい」という言葉は、本を書くことへの欲求を表している。一方、「本を書いてみたい」という言葉には、実際に書くという経験を試してみたいという意味合いが加わる。

「本を書きたい」

本を書くことへの欲求

「本を書いてみたい」

書くという経験を
試してみたい

もちろん、「やってみたい」と言った人が必ず行動するわけではない。しかし、言葉の上では、完成した結果だけでなく、試すという行為そのものに目が向いている。これは、行動力を考えるうえで興味深い違いではないだろうか。

「やりたいのにやらない」と「やりたいけどやれない」は違う

さらに言葉を組み合わせると、人間の行動にはさまざまな状態があることがわかる。例えば、次のような表現だ。

表現 状態
やりたいからやる欲求が行動につながっている
やりたいけどやれない欲求はあるが、実行が難しい
やりたいのにやらない欲求はあるが、実行していない
やれるけどやらない実行可能だが、行動していない
やれるのにやれない可能に見えても、何らかの障壁がある
やりたくないけどやる欲求はないが、必要性などから行動する
やりたくないからやらない欲求がなく、行動もしない
やろうと思ってもやれない意図はあるが、実行に移せない
やれるかわからないけどやってみる成功の見通しがなくても試す

「やれない」と「やらない」の境界は曖昧

この中でも、「やれない」と「やらない」の違いは大きい。「やれない」は、何らかの理由で実行することができないという可能性の否定である。一方、「やらない」は、行動を実行しないという事実を表している。

やれない

実行することができない
という可能性の否定

やらない

行動を実行しない
という事実

ただし、日常会話ではこの二つの境界が曖昧になることがある。例えば「本を読みたいけど、時間がないから読めない」という人がいたとする。

仕事や家事で本当に時間を確保できないのかもしれない。しかし、寝る前にスマホを見ている時間があっても、読書には使っていないという場合もある。後者なら、厳密には「読めない」というより、ほかのことを優先して「読まない」という選択をしているとも考えられる。

もっとも、時間があることと、その時間に読書をする気力があることは別問題だ。

言葉の意味だけでなく、
本人がどのような状態にあるのかも
考える必要がある。

やりたいのに行動できないのは、意志が弱いからなのか?

意図があっても行動につながるとは限らない

心理学には「意図と行動のギャップ(intention-behavior gap)」という考え方がある。

意図と行動のギャップ:何かをしようという意図があっても、それが必ずしも実際の行動につながるわけではないという現象。

例えば、健康のために運動を始めようと思っていても、仕事から帰ると面倒になってしまう。読書を習慣にしようと思っていても、ついスマホを見てしまう。こうしたことは珍しくない。

目の前の快適さを優先してしまう

では、なぜ行動に移せないのだろうか。一つには、人間が目の前の負担や快適さに影響されやすいことが挙げられる。

運動を続ければ将来的に健康によい影響が期待できるとしても、今すぐ運動するには体を動かす必要がある。一方、ソファに座って動画を見るなら、ほとんど準備もいらない。

将来の利益よりも、目の前の快適さを優先してしまうことがあるのだ。

失敗への不安や完璧主義

また、失敗への不安や完璧主義も行動を妨げる。「始めるならちゃんとやりたい」「中途半端なものを作りたくない」と考えるあまり、準備だけで時間が過ぎてしまう。

こう考えると、行動できない理由を単純に意志の弱さだけで説明するのは難しい。むしろ、やりたいという気持ちがあることと、その行動を始められることは別の問題なのだろう。

「できるようになったらやる」と「やりながらできるようになる」

何かを始めるとき、十分な知識や技術を身につけてから行動しようとする人もいる。

例えば、ブログを書きたいけれど文章力がないから、もっと勉強してから始めようと考える。アプリを作りたいけれどプログラミングがわからないから、まず専門書を読んで勉強しようとする。

もちろん、勉強してから始める方法もある。しかし、実際にやってみることで初めて理解できることも多い。

たとえば料理なら、レシピ本を一冊読み込んでから台所に立つより、一度作ってみたほうが火加減や味つけの感覚はつかみやすい。うまくいかなかったところは、次に作るときに直せばいい。

準備してから始める

できるようになってから
やる

試しながら覚える

やりながら
できるようになる

つまり、「できるようになってからやる」のではなく、「やりながらできるようになる」という考え方だ。

この違いは、行動を始めるまでの心理的な負担にも影響するのではないだろうか。最初から完成度を求めれば、始めるために必要な条件が増えてしまう。しかし、まず試してみるだけなら、必ずしも完璧な準備は必要ない。

ただし、失敗によって大きな損失が生じることや、安全性が関わることまで、準備なしで始めればよいという話ではない。

重要なのは、
事前に準備すべきことと、
実際に経験しながら覚えられることを
区別することだと思う。

やれるのにやらないことは「怠け」なのか?

ここまで考えてくると、以前から気になっていた「怠けるとは何か」という疑問にもつながってくる。

例えば、休日に本を読もうと思っていたのに、結局スマホを見て一日が終わってしまったとする。

本人が「今日はゆっくりできてよかった」と思っているなら、それは単なる休息かもしれない。一方で「本当は読みたかったのに、また何もしなかった」と後悔しているなら、本人は自分が怠けてしまったと感じるかもしれない。

「今日はゆっくりできてよかった」

単なる休息かもしれない

「また何もしなかった」と後悔

怠けてしまったと
感じるかもしれない

では、怠けるかどうかは本人の気持ち次第なのだろうか。ここで考えたいのは、他人からどう評価されるかではなく、自分自身がどう捉えているかということだ。

笑加
笑加

「やりたいと思っていたのにやらなかった」

笑加
笑加

「やろうと思えばできたのに、面倒だからやめた」

こうした状態を、自分自身で怠けたと感じることはあるだろう。

しかし、本人が後悔しているからといって、必ずしも怠けていたとは限らない。実際には疲れていたのかもしれないし、ほかに優先したいことがあったのかもしれない。

そもそも、やりたいと思ったことをすべて実行しなければならないという義務もない。自分でやりたいと思ったことであっても、途中で気が変わることはある。

そう考えると、怠けとは単に行動しないことではなく、
自分が本当にやりたかったことや、
やろうと決めたことに対して、
どのように向き合ったのかという
自己評価にも関わっているのではないだろうか。

行動しなかったことより、行動してみたことに目を向ける

やりたいことをすぐ行動に移せる人が、必ずしも優れているわけではない。慎重に考えてから始める人もいれば、一つのことをじっくり続ける人もいる。何でも手を出せばよいというものでもない。

ただ、私自身は、やってみたいと思ったことを実際に試してみることで、思いがけない経験や知識が増えていくことに面白さを感じている。

ブログを書けば、自分の考えを文章として残せる。アプリを作れば、作ったものを誰かに見せることができる。Kindleで本を出版すれば、個人でも出版できるという経験が残る。

仮に収益につながらなくても、誰にも評価されなくても、それまで何もなかったところに、自分が作ったものが残る。そして、その経験が次に何かを始めるきっかけになることもある。

以前はできなかったことが、実際にやってみたら意外とできるかもしれない。逆に、やってみて初めて自分には合わないと気づくこともある。どちらにしても、行動する前にはわからなかったことだ。

「やれるかわからないけど、やってみる」

もちろん、すべての人が思いついたことをすぐ実行する必要はない。それでも、何かをやってみたいと思いながら、いつまでも始められずにいるのなら、一度考えてみてもいいのではないだろうか。

自分は本当に「やれない」のだろうか。それとも「やらない」ことを選んでいるのだろうか。

そして、もし「やれるかわからない」という理由だけで立ち止まっているのなら、「やれるかわからないけど、やってみる」という選択肢もある。

何かを始めるために、必ずしも成功する自信や明確な目標が必要なわけではない。

笑加
笑加

「ちょっとやってみたい」

その程度の好奇心から
始まることがあってもいいと思う。

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