海外の何気ない行動から文化の違いを読み解く

教養・思考

海外の何気ない行動から文化の違いを読み解く方法

この記事のあらすじ

『インド人は悩まない』を読んでいて、ほんの1〜2ページしかないエピソードが妙に気になった。

観光客が博物館へ向かっていると、見知らぬ老紳士から「博物館は昼休みで、2時半まで開かない」と声をかけられる。そして、開館まで近くの政府公認のお土産屋さんで時間をつぶしたらいいと勧められる。

ところが、博物館が閉まっているという話は嘘だった。老紳士も偶然通りかかった親切な人ではなく、そのお土産屋さんへ観光客を誘導するための客引きだったのだ。

これを読んだ瞬間、私は「これ、日本人だったらなかなかやらないよな」と思った。

たった1〜2ページの話だけれど、文化人類学的な視点で見てみると、そこには情報の非対称性、商売に対する倫理観、嘘への心理的な抵抗、他者からの評価、さらには観光客が感じる「治安」まで、いろいろな文化の違いが見えてくる。

何気ない行動こそ文化の違いが見えやすい

文化の違いというと、宗教、食事、服装、言語など、わかりやすいものを想像しがちだ。

でも、今回私が面白いと思ったのはもっと小さな部分だった。

この老紳士は、ただ自分のお土産屋さんを紹介したわけではない。

博物館へ行こうとしている観光客に「そこは今開いていない」と嘘をつき、目的地へ行けないと思わせてから、自分たちの店を代わりの行き先として提示している。

ここに、その土地での商売に対する感覚や、人を騙すことへの心理的なハードルが見える気がした。

こういう「自分だったらそんなことする?」という小さな違和感は、文化を考える入口になる。

「自分の文化だったら?」と置き換えてみる

文化の違いを見つけるときに面白いのが、同じ状況を日本に置き換えて考えてみることだ。

日本の観光地で、お土産屋さんの人が観光客に「その博物館、今は閉まっていますよ」と嘘をついて、自分の店へ誘導する。

もちろん日本にも悪質な客引きはいるので、絶対に起こらないとは言えない。

それでも私はまず、「そんな嘘、あとですぐバレるじゃん」と思ってしまう。

「あとで戻ってきて文句を言われたらどうしよう」

「嘘をついて客を呼んでいる店だと思われたらどうしよう」

「店の評判が悪くなったらどうしよう」

「そもそも、人の旅行を邪魔してまで客を取るのは良心が痛む」

そんなふうに、嘘をついたあとのことまで先回りして考えてしまう。

日本では、相手からどう思われるか、周囲からどう評価されるか、評判がどうなるか、といったことが行動のブレーキになりやすいのではないだろうか。

これは単純に「日本人は嘘をつかない」という話ではない。
何を心理的なコストとして感じるのかが、文化によって違うのではないか。

情報の非対称性から考えてみる

もう一つ、この出来事には「情報の非対称性」が巧妙に使われている。

情報の非対称性とは?
一方が持っている情報を、もう一方が十分に持っていない状態のこと。

観光客は現地の事情を知らない。博物館の営業時間も、その国の昼休みの習慣もよくわからない。

一方、客引きはそれを知っている。

そして、「この観光客は、博物館が本当に閉まっているのかわからない」という情報量の差を利用している。

観光客は博物館へ行きたい
↓
「今は閉まっている」と嘘を教える
↓
「博物館へ行く」という選択肢を消す
↓
「それならお土産屋さんへ」と誘導する

ここが特に巧妙だと思う。

観光客自身が「じゃあ、お土産屋さんへ行こう」と決めているように見えるけれど、その判断の前提となる情報自体を操作されている。

観光客が感じる「治安」は犯罪だけではない

そして、このような経験は、その国に対する印象にもつながっていく。

財布を盗まれたわけでもなければ、暴力を振るわれたわけでもない。

それでも、親切だと思って信用した人が自分の利益のために嘘をついていたと知ったら、

「この国では、知らない人から親切に声をかけられても
信用してはいけないのか」

と思うようになる。

すると、その人にとっては「なんとなく治安が悪い国だった」という記憶になるかもしれない。

厳密には犯罪件数としての治安とは少し違う。むしろこれは、その社会の人をどのくらい信用できると感じるかという「社会的信頼」の問題に近い。

旅行者が感じる安心感は、犯罪の多さだけでなく、こうした日常的なやり取りからも作られているのだと思う。

違和感をそのままにしないと文化が見えてくる

今回の話は、『インド人は悩まない』の中ではほんの1〜2ページの出来事だった。

でも、「これ、日本人だったらやるかな?」と一度考えてみるだけで、そこから情報の非対称性、商売倫理、他者評価、社会的信頼と、いろいろなものがつながってきた。

文化の違いが気になったときに考えてみること

「なぜ自分はこれに違和感を覚えたんだろう?」
「日本だったら同じことをするだろうか?」
「その行動を止めるもの、逆に許しているものは何だろう?」

文化人類学的に世の中を見るとき、必ずしも特別な出来事を探す必要はないのかもしれない。

本を読んでいて「なんでこの人はこんなことをするんだろう」と思ったとき。海外旅行で「日本だったらこうならないのに」と感じたとき。

その小さな違和感をそのまま流さず、「なぜそう感じたのか」を考えてみる。

たったそれだけでも、何気ない1〜2ページから、その国の文化と自分たちの文化の両方が見えてくる。

文化人類学って、こういう身近なところから始められるから面白い。

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