好きで始めた趣味なのに、いつの間にか「今日もやらなきゃ」「そろそろ再開しなきゃ」と考えるようになってしまうことはないだろうか。読書や運動、勉強、ブログ、YouTubeなど、最初は自分がやりたいと思って始めたことでも、長く続けているうちに負担を感じる場合がある。
特に、毎日続けることや定期的に成果を出すことを意識し始めると、楽しむための活動が、いつの間にか達成しなければならない課題に変わってしまう。しかし、そもそも誰かに頼まれて始めたわけでもなければ、必ず続けなければならない理由もないはずだ。
今回は、好きなことにまで義務感を抱いてしまう理由を心理学の視点から整理したうえで、続けるのがつらくなったときに義務感から抜け出すための思考法と、無理なく続けるためのペースの決め方を紹介する。
好きなことが義務に変わってしまう理由
「やりたい」と「やらなきゃ」の違い
心理学には「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」という考え方がある。内発的動機づけとは、行動そのものに楽しさや興味を感じ、自分から進んで取り組もうとすることをいう。例えば、本の内容が面白いから読む、写真を撮ることが好きだからカメラを持って出かける、といった行動である。一方、外発的動機づけとは、報酬や評価、周囲からの期待など、行動の外側にある理由によって取り組むことを指す。
楽しいから、興味があるから
自分から取り組む
報酬や評価、期待のために
取り組む
例えば、最初は純粋に楽しくて始めたYouTubeでも、登録者が増えてくると再生回数や更新頻度が気になるようになる。

「前回より再生される動画を作りたい」
「登録者を減らしたくない」
「定期的に投稿したほうがいいのではないか」
こうした目標を持つこと自体は悪くない。むしろ、数字が伸びることによって達成感を得られ、さらに意欲が高まる場合もある。ただし、いつの間にか動画を作る楽しさよりも、更新し続けることや数字を伸ばすことが優先されるようになると、活動そのものを負担に感じる可能性がある。
評価や数字が楽しさを弱める「アンダーマイニング効果」
心理学では、外部からの報酬や評価によって、もともとあった内発的な意欲が弱まる場合があることを「アンダーマイニング効果」と呼ぶ。
アンダーマイニング効果:自分から楽しんで取り組んでいたことに、報酬や評価などの外からの理由が加わることで、かえってやる気が下がってしまう現象。
もっとも、報酬や評価が必ず意欲を下げるわけではない。自分の成長を実感できるような評価は、かえって意欲を高めることもある。大切なのは、自分がやりたいから取り組んでいるのか、それとも、やらなければならないと感じて取り組んでいるのかという違いである。
3つのYouTubeチャンネルを運営して感じたこと
私自身、現在3つのYouTubeチャンネルを運営している。ガジェットやミニマリズムを扱う「わらかちゃんねる」、オカルトや陰謀論を扱う「オカ女」、そして心理学やリベラルアーツを扱うチャンネルだ。どれも自分が興味を持って始めたものであり、誰かに頼まれて運営しているわけではない。
しかし、最近はYouTubeよりもブログを書くことに夢中になっている。特にガジェット系の動画は、YMM(ゆっくりMovieMaker)を使って自分で編集する必要があり、素材を用意したり、画像を配置したり、音声を調整したりと、それなりに手間がかかる。一方、ブログなら写真を載せるだけでも紹介できるし、文章もAIと会話しながらまとめられる。自分の考えを整理する過程も面白く、最近はこちらに時間を使うことが増えた。
だからといって、YouTubeへの興味がなくなったわけではない。実際、わらかちゃんねるは登録者が約560人で、最近あまり更新していないにもかかわらず、過去28日間の再生回数は約9,900回。新しい動画を投稿しなくても、過去の動画を見てくれる人がいる。心理学やリベラルアーツのチャンネルも、まだ登録者は20人程度だが、ショート動画を投稿すればそれなりに再生される。反応があると、それはそれで面白くなり、また作りたくなる。
ただ、3つのチャンネルをすべて同じ頻度で更新するのは難しい。そこで、無理に更新する必要はないのではないかと思うようになった。

今はブログが面白いならブログを書けばいい。ガジェットを紹介したくなったら動画を作ればいいし、心理学で面白いテーマが見つかったらショート動画にしてもいい。
チャンネルを閉鎖するつもりはないが、だからといって定期的に更新しなければならない理由もない。この経験から、続けることと、常に同じペースで取り組むことは別なのではないかと考えるようになった。
義務感から抜け出すための思考法
好きなことを続けるのがつらくなったとき、無理に気持ちを奮い立たせる必要はない。考え方を少し変えるだけで、義務感がやわらぐこともある。ここでは、5つの思考法を紹介する。
目標は自分を助けるためのものだと考える
何かを始めたとき、「今度こそ毎日続けよう」「週に一度は必ず取り組もう」と目標を決める人も多いだろう。しかし、仕事が忙しくなったり、別のことに興味が移ったりして、予定どおりに続けられなくなることもある。そんなとき、誰かに迷惑をかけたわけでもないのに、なぜか罪悪感を覚えてしまう。
これには、心理学でいう「コミットメントと一貫性」が関係していると考えられる。人には、自分が一度決めたことや、これまで続けてきた行動と矛盾しないように振る舞おうとする傾向がある。例えば、毎日読書すると決めた人は、一日でも読まない日があると、自分との約束を破ったように感じるかもしれない。また、SNSなどで「毎日投稿する」と宣言した場合は、周囲からどう見られるかが気になり、さらにやめにくくなることもある。
コミットメントと一貫性:一度決めたことや宣言したことに対して、その後も矛盾しない行動を取ろうとする心理的な傾向。
本来、目標は自分の行動を助けるために設定するものだ。しかし、その目標を守ることばかり意識すると、目標そのものが負担になってしまう。毎日続けることが自信につながる人もいれば、予定どおりにできなかったことで意欲を失ってしまう人もいる。だからこそ、習慣化することが必ずしもすべての人に適しているとは限らない。
「続けること」と「毎日やること」を分けて考える
「継続は力なり」という言葉がある。確かに、勉強や運動、楽器の練習など、上達するためには一定の継続が必要になる。何かを身につけたいのであれば、気分が乗らない日でも取り組むことに意味はあるだろう。しかし、継続することと、毎日欠かさず行うことは同じではない。
例えば、読書が好きな人が「毎日30ページ読む」と決めたとする。最初は読書の習慣を身につけるための目標だったとしても、次第にページ数を消化することばかり考えるようになったらどうだろう。本の内容をじっくり考えたい日もあれば、気になる文章を何度も読み返したい日もある。それなのに、決めたページ数を達成することを優先してしまえば、読書本来の楽しさが薄れてしまうかもしれない。
決めたページ数を
消化することが目的になる
じっくり考えたい日は
少ないページでもいい
これは趣味だけでなく、資格の勉強や運動にも当てはまる。もちろん、継続することが楽しいのであれば、それも一つの楽しみ方である。連続記録を伸ばすことが励みになる人もいるだろう。ただ、続けることが目的になってしまい、何のために始めたのかわからなくなっているなら、一度その目的を考え直してもいいのではないだろうか。
休んでも積み重ねは消えないと考える
長く続けてきた趣味ほど、途中で休んだり、やめたりすることに抵抗を感じやすい。例えば、何年も続けてきた習い事や、時間をかけて育ててきたSNSのアカウントなどがそうだ。「ここまで続けてきたのにもったいない」「今やめたら、これまでの努力が無駄になってしまう」。こうした気持ちには「サンクコスト効果」が関係する場合がある。
サンクコスト効果:すでに費やして取り戻せない時間やお金、労力を惜しむあまり、今の自分に必要かどうかよりも「もったいない」という理由で物事を続けてしまう心理。
しかし、過去に積み重ねた経験は、活動を休んだからといって消えてしまうわけではない。しばらく更新していないYouTubeチャンネルでも、過去に投稿した動画が再生され続けることがある。ブログなら、以前書いた記事が検索から読まれることもある。
また、動画編集で覚えた構成の考え方がブログの記事作成に活かせたり、ブログで考えたテーマが動画の台本になったりと、何かを作るために身につけた知識や技術が、別の活動に役立つ場合もある。
興味が変わるのは自然なことだと考える
そもそも、人の興味や関心は常に同じとは限らない。以前はゲームに夢中だった人が読書に興味を持つこともあれば、写真を撮ることが好きだった人が動画制作を始めることもある。新しい趣味に出会えば、これまで続けていたことに使う時間が減るのは自然なことだ。それを「飽きっぽい」「長続きしない」と否定的に考える必要はあるのだろうか。
心理学の「自己決定理論」では、人が意欲的に行動するうえで、自分の意思で選んでいるという感覚、つまり「自律性」が重要だと考えられている。自分で選んでいると感じられる活動は、主体的に取り組みやすい。一方、義務感や周囲からの圧力によって行動していると感じると、負担になる場合がある。
自己決定理論:人が意欲的に行動するには、自分で選んでいるという感覚(自律性)、できるという感覚(有能感)、人とのつながり(関係性)が大切だとする心理学の理論。
もちろん、興味が変わるたびに何でもやめてしまえば、十分な技術や知識を身につけられないこともある。しかし、趣味として楽しむことが目的なら、一つのことを続けるだけが正解とは限らない。
今は読書が面白いなら本を読めばいいし、写真を撮りたくなったらカメラを持って出かければいい。以前好きだったことに、数か月後、数年後に再び興味が戻ることだってある。一度離れることを、必ずしも失敗と考える必要はないのだ。
「評価されなくてもやりたいか」と自分に問う
続けることがつらくなったときには、次のように考えてみてもいい。
自分はこれをやりたいと思うだろうか?
もちろん、成果を得ること自体が目的の活動もあるため、この問いだけですべてを判断できるわけではない。それでも、自分がその活動のどこに楽しさを感じているのかを見つめ直すきっかけにはなるだろう。
無理なく続けるためのペースの決め方
では、好きなことを義務にせず、長く楽しむためにはどうすればいいのだろうか。まず考えたいのは、すべての趣味に厳密な目標やスケジュールが必要なのかということだ。
習慣化したい場合には、取り組む時間や回数を決めることが役立つ。しかし、自由に楽しむことが目的なら、あえて頻度を決めない方法もある。次の順番で、自分に合ったペースを考えてみるとよい。
上達したいのか、楽しみたいのか、成果を出したいのか。目的によって、合ったペースは変わる。
ブログなら毎日更新するよりも、書きたいテーマが見つかったときに記事を書く。YouTubeなら毎週投稿するよりも、紹介したいものが見つかったときに動画を作る。
「毎日必ず行う」ではなく、「週に数回できればいい」「忙しいときは休んでもいい」といった柔軟なルールにする。
目標を守れなかったときは自分を責めるのではなく、今の生活や興味に合っているかを見直す。
好きなことを長く続けるために必要なのは、必ずしも強い意志や厳しいルールではない。自分の生活や気持ちに合わせて、続け方を変えていく柔軟さも大切なのである。
まとめ:始めることにも、続けることにも意味がある
何かを始めるとき、最初から成果が出るとは限らない。ブログを書いても誰にも読まれないかもしれないし、YouTubeに動画を投稿しても再生されないかもしれない。新しい趣味を始めても、思ったほど上達しないことだってある。それでも、やってみたいと思ったことを実際に行動に移すだけで、得られる経験はある。そして、続けることでしか得られないものもある。少しずつ上達したり、知識が増えたり、思いがけない人とのつながりが生まれたりするかもしれない。
だから、始めることにも、続けることにも意味がある。でも、続けることを義務にする必要はない。毎日続けることが楽しい人もいれば、気が向いたときに取り組むほうが合っている人もいる。目標に向かって努力することに充実感を覚える人もいれば、成果を気にせず楽しみたい人もいるだろう。大切なのは、どちらが正しいかではなく、自分が何を求めてその活動を始めたのかということだ。
好きで始めたことなのに、続けることがつらくなってしまったら、一度休んでもいい。別のことに興味が移ったなら、そちらに時間を使ってみてもいい。再びやりたいと思ったときに戻ってくることだってできる。続けることは大切だ。しかし、続けるために楽しさを失ってしまっては、本末転倒ではないだろうか。



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